【逆転人生】江角悠太(医師)は超問題児だった?患者を断らない医療とは?

こんにちは、Hiroです。

2020年11月2日㈪22時からNHKにて

「逆転人生」が放送されます。

今回は、医師や看護師が一斉退職してしまった三重県・志摩の市民病院で、

再建を託された、

当時新米医師だった江角悠太さんが出演されます。

江角さんは、

エリートドクターであった父に反発して、

荒れた学生時代を送ったそうですが、

東日本大震災でのボランティア経験を通して

地域医療に身を捧げると決意。

そして、徐々に病院を立て直していったそうです。

そんな江角悠太さんの経歴や、

問題児であった過去について。

また、志摩市民病院の当時の状況や

江角さんが掲げた「患者を断らない」医療について、

調べてみました。

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江角悠太医師の経歴や問題児であった過去は?

出典:http://coffeedoctors.jp/

江角悠太医師は、1981年生まれ

東京・国分寺出身

両親は医師で、

お母さんは研究者。

しかも、父方の家系をさかのぼると9代目の医師だそう!

しかし、江角悠太さんは、

もともとは

医師になるつもりはなかったそうです。

両親どちらも医学の道を邁進しており、

不在がちであったため、

7歳下の弟を保育園に迎えにいっていたそうです!

リーダーシップはあるけど、自分勝手であった、江角さん。

友達とケンカしたり、問題を起こすことも多かったそう。

高校は、名門、都立西高校に入学するも、

授業にはほとんど出ずに、

麻雀やバイクに明け暮れていたとのこと。

修学旅行で旅館の絵画を麻雀台に使って、

無期停学になったこともあったというから、

なかなかのやんちゃぶりですね!

そんな問題児であった江角さんでしたが、

高校3年生の時に転機が訪れました。

それは、たまたま映画『パッチ・アダムス』

観たことがきっかけでした。

主人公のパッチ・アダムスは

無料で医療を受けられる病院を設立し、

笑いと愛情で患者を幸せにした、

実在の医師をモデルにした作品だそう。

それをみて、江角さんはしばらく動けなかったとのこと。

医師とは「人のためになること」を貫く職業だったということに、

やっと気づいたそうです。

そこから、江角さんは医師になるため、

猛勉強を始めました。

そして、2浪の末、三重大学医学部に合格しました!

2009年に卒業し、

研修医として沖縄の中部徳洲会病院に勤務

なぜそこを選んだかというと、

「絶対に助けを求めてくる患者を断らない」という

病院の精神があったからだそう。

2011年、

三重大学医学部の総合診療科に入局し、

後期研修。

三重県内の3つの病院で研修を行ったそうです。

そして、

2014年12月、志摩市民病院にて勤務をスタート。

しかし、

2015年3月に、

看護師14人が一斉に退職するという事態が。

志摩市民病院はどういう状況だったのでしょうか?

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志摩市民病院の当時の状況は?

出典:https://www.facebook.com/

三重県志摩市の志摩市民病院は、

志摩市南部の在宅医療で、重要な役割を担う中核病院

しかし、毎年7億円の赤字経営だったそう。

看護師の一斉退職に続き、

2015年12月、医師3人が退職

その時に唯一残ったのが、

当時34歳の若手医師、江角悠太さんでした。

江角悠太さんは、

2016年4月に院長に就任

そして、

年間7億円の赤字額を毎年1億円ずつ減らし

今年2020年には、

基準外繰り入れ額の赤字額が

ほぼゼロになるところまで経営を立て直したそうです!

志摩市民病院は診療所への規模縮小が検討されており、

他の医師が見切りをつけ、退職してしまったなかで、

江角さんは、

ここをなくしてしまったら、

志摩市の医療が崩壊すると考えました。

そして、

病院として成り立たせるために、

知り合いの医師を必死に口説き、

常勤医師1人、非常勤医師3人をなんとか確保しました。

そして、

「どんな患者も断らない」をモットーに、

病院を立て直していったそうです。

それでは、病院にどのような変化が起こったのでしょうか?

江角悠太医師の「患者を断らない」医療とは?

出典:https://president.jp/

江角悠太医師は、赤字を削減するために取り組んだのは、

決してリストラやコスト削減ではありませんでした

入院患者が増えて収益が上がったという、

純粋な収益増だったそう。

地元には、医療ニーズはあったにも関わらず、

志摩市民病院は今まで、

救急要請があっても、

専門外だと言って断ってばかりだったそうです。

だから、収入も少なく、

住民からの信頼もありませんでした。

だからこそ、江角医師は、

「絶対に断らない」をモットーとして掲げました。

それをやり続けることで、

患者さんが来てくれるようになったそう!

そして、職員のモチベーションも上がったそうです。

患者さんが来ることで、

この地域に必要とされているという実感が、

モチベーションをあげたそうです。

素晴らしいですね!

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まとめ

以上、

江角悠太医師の経歴や問題児であった過去

志摩市民病院の当時の状況

江角悠太医師の「患者を断らない」医療

についてでした。

江角悠太医師は、

学生時代はとても問題児であったそうですが、

映画「パッチ・アダムス」に大きな衝撃を受けて、

医師になることを志しました。

そして、若手の医師であったにもかかわらず、

「どんな患者も断らない」というモットーを掲げ、

潰れる寸前の病院を立て直すという

偉業をやってのけました。

江角悠太医師の医療に対する思いの強さが

病院を立て直したのでしょうね。

今後も志摩市民病院が、

多くの地元住民の支えとなって欲しいです!

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