岩岡洋志(ラー博館長)の経歴は?ラー博出店交渉秘話と25年も人気の理由は?【激レア】

こんにちは、Hiroです。

2020年7月25日㈯22時10分から、テレビ朝日にて

「激レアさんを連れてきた」が放送されます。

今回は、

ラーメンにまったく興味がなかったのに、

日本中の頑固店主を口説きまくり

世界初!ラーメン博物館を立ち上げちゃった人

が出演されるということです!

どなたか気になって調べてみると、

ラーメン博物館の創始者である、

岩岡洋志さんの名前が浮上してきました。

岩岡洋志さんは、なんとお姉さんは、

女優の五大路子さんだそうです!

また、ラーメンブームが過ぎ去って、

同じような施設が閉業してしまう中、

ラーメン博物館は、

25年もの間続いているそうですが、

その人気の理由はどこにあるのでしょう?

ラーメン博物館を作ったきっかけや、

交渉秘話

岩岡洋志さんの経歴についても調べてみました。

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岩岡洋志さんプロフィールと「ラー博」創設のきっかけ

出典:https://jinzukan.myjcom.jp/

名前:岩岡 洋志(いわおか ようじ)

生年月日:1959年6月11日

生まれ:神奈川県横浜市

神奈川県立港北高等学校卒業。

青山学院大学卒業。

お姉さんは、女優の五大路子さん

大学卒業後に

商社へ就職しましたが、

その後、家業である不動産業に転職。

当時は新幹線に乗る人くらいしか来なかった

新横浜を活性化したいとの思いがあったそうです。

当時の新横浜は、オフィスビルはあったものの、

飲食店はほとんどなく、

殺伐とした雰囲気の街だったそうで、

わざわざ新横浜に来てもらえるような場所を作りたかったそう。

そこで、岩岡洋志洋志さんは、

新しい街、新横浜に昭和の温かく懐かしい街並みを再現したら、

話題があるのでは?

そして、そこに飲食店を入れるなら、

庶民が好きで、気軽に食べられるラーメンが良いのでは?

と思ったそう。

そこから全国のラーメンの食べ歩きが始まりました。

なんと、5年間も!

そして、誘致したい店を絞り込み、出店交渉を行い、

1994年3月6日に

世界初の、新しいコンセプトの施設、

全国各地のご当地ラーメンを1カ所に集めた

新横浜ラーメン博物館を創設されました。

そして、

株式会社新横浜ラーメン博物館の代表取締役

となりました。

2008年9月3日には、同施設の前に

新横浜ラントラクトという複合施設も設立

新横浜ラーメン博物館は、

ラーメンと昭和の街並を再現した施設であるそうですが、

新横浜ラントラクトは人工の山と滝を作り、

そこに飲食店等を併設したそうです。

岩岡洋志さんの「ラー博」出店交渉秘話とは?

出典:https://www.nippon.com/

岩岡洋志さんは、「ラーメン博物館」のために、

誘致したい店を絞り込んだはいいですが、

交渉が難航を極めたそうです!

実績はなく、

お店の人も不安に思うのは当然です!

詐欺師呼ばわりされたこともあるそう。

その為、断られてもあきらめず、

何度も足を運び、

熱意だけでぶつかってきたそうです!

1994年オープンして以来、

48店が参加したそうですが、

その中の一つ「純連(すみれ)」も交渉難航だったお店だそうです。

これは、札幌のラーメン店。

地元では行列のできる有名店だったそうです。

岩岡さんは、その味に感動し、出店をお願いするが、

店主の村中さんは、断固拒否。

「家族経営のこの味を広めたくない」との理由だったそう。

しかし、断られても、何度も通い詰めたそうです。

競馬場で仲良くなろうとしたり、博物館の模型を持って行ったり。

80回目の訪問では、

ライバル店となる六角家の店主も連れて訪問したそうです。

そして、2年間通い続けました。

そして、ついにオープンがタイムリミットとなった頃、

出店を決めるとの電話が。

しかし、再度電話があり、両親から断固反対されたとのことで、

やっぱりできないと!

だが、オープン7か月前、突然店主村中さんが訪れ、

「順連」の名前は使えないから、

ひらがなで「すみれ」と名前を変え、

反対を押し切って出店すると、おっしゃったそうです。

出典:https://tabelog.com/

そして、ラー博オープンすると、

すみれは、3時間待ちの行列となったそうです!

残念ながら、2018年12月で「すみれ」はラー博卒業

ですが、

現在は、横浜店もこちらにあるそうです!

神奈川県横浜市中区野毛町1丁目26-5 野毛サーク1F

桜木町駅から5分ほどだそうです。

また、福岡の「八ちゃんラーメン」は、

「超濃厚豚骨ラーメン」の店

ここも、難航を極めたお店のようで、

ラーメン博物館の開業前、1993年に最初のオファーをするが、

「支店は出さない」と、拒否を続けていたそう。

しかし2014年に店主が代替わりし、

さらにオファーを重ね、やっと出店!

なんと、その間25年とのこと。

熱意の強さが感じられますね!

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「ラー博」が25年も人気の理由は?

出典:https://www.asoview.com/

それでは、ラー博は、なぜ25年もの間、

人気が続いているのでしょうか?

ラー博が登場して以来、

同じような施設が次々とできましたが、

大半は閉業してしまったそう。

岩岡洋志さんは、

ラーメンの食文化を世界に広げるという使命をもって、

10,000店以上のラーメン店を食べ歩き取材をし、

自分たちが考える基準に合致したお店に

誘致交渉してきたそうです。

だからこそ、『このお店』と決めたら

どんなに時間がかかっても口説き続けてきたとのこと。

そして、このようにおっしゃっています。

25年間で誘致し紹介したラーメン店はわずか49店ですが、

この誘致基準が私どもの根幹であり、

25年間ブレないで続けられたことが、

25年間続いている一番の理由だと思います。

出典:https://news.yahoo.co.jp/

また、「ラー博」が、他の施設と違うのは、

ラー博自体が、「観光地」であり「目的地」であることも

大きいと思います。

現在は、「日本のラーメン」が食べたいと、

海外から観光で来る外国人も増えたそうで、

そのような方にはうってつけの施設なのだと思います!

そして、2013年からは

グルテンフリー麺やベジタリアン対応のラーメンも!

「いろいろな食習慣の方にもラーメンを届けたい!」

という思いが伝わってきます。

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まとめ

以上

岩岡洋志さんプロフィールと「ラー博」創設のきっかけ

岩岡洋志さんの「ラー博」出店交渉秘話

「ラー博」が25年人気の理由

についてでした。

ラーメン博物館は、

岩岡洋志さんが、

新横浜を活性化したいという思いから作られ、

難航を極めた交渉の末、

美味しいラーメン屋さんを誘致し、

現在に至っています。

美味しいラーメンを広めたいという強い思いが、

ラーメン博物館を

世界中から人が集まってくる施設にまで

発展させたのだと思います!

これからも、

日本の美味しいラーメンを

多くの人に広めて欲しいですね!

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