大前光市(義足のダンサー)の事故からの復活のきっかけとその想いとは?【Re-TRY】

こんにちは、Hiroです。

2020年4月3日㈮23:04から23:10に

日テレで放送される短い番組

『Re-TRY~人生の挑戦者たち~』に、

大前光市さんが出演します。

義足のダンサーということで、どんな方なのか、

気になって調べたところ、

実はリオパラリンピックの閉会式で踊った方だったと知り、

びっくりしました!

義足になってもダンスを踊り続ける大前光市さんは、

なぜ義足になったのでしょうか?

それは、事故にあってしまったからです。

そこから復活したきっかけと、

どんな想いがあるのか調べてみました。

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大前光市さんプロフィール

名前:大前光市(おおまえ こういち)

生年月日:1979年9月27日

出身:岐阜県下呂市

中学時代に卒業生を送る会の演劇で主役を務め、

舞台に興味を抱く

岐阜県立益田高等学校(現・益田清風高等学校)在学中、

新聞配達などのアルバイトで費用を賄いつつ、高山市のダンス教室に通った

その頃、ダンスの道を志す

大阪芸術大学へ進学し、舞台芸術とバレエを専攻する。

大学卒業後、ダンサーとして舞台に出演するようになった。

金森譲さんというダンサー兼振付師が

劇団専属の舞踊団を主宰し、そのメンバーを募集しており、

応募したが、

オーディションの最終選考の直前に、

飲酒運転の車に後ろからはねられ、左膝から下を失う。

4か月の入院後、ダンスの練習を再開。

しかし、前述のオーディションに再度挑むが、

3年連続で落ち

プロになれないと宣告を受ける。

しかし、健常者の動きを追求するのでなく、

別の方法を模索するようになり、

様々な形状の義足で試行錯誤を繰り返す。

事故から6年たった時、通常の義足より5㎝短い義足で踊った時、

自然な動きが出て、それが評価される。

2016年のリオデジャネイロパラリンピック閉会式で、

約2分間のソロ演技を行い、4回転のバク転を披露した。

2017年第8回NHK紅白歌合戦では、平井堅が歌う

『ノンフィクション』とのコラボレーションを展開した。

ちょうどこれからという時に、事故にあうなんて!

悔しかったでしょうね。

その時点で、普通は絶対あきらめてしまうと思いますが、

そこから再チャレンジができるって、

ほんとに素晴らしいですよね。

大前光市さんは、どうやってそこから復活したのでしょうか?

大前光市さんが事故から復活したきっかけは?

大前光市さんは、事故後、義足をつけて歩けるなら、

踊ることだってできるはず、と

再びゼロからトレーニングを積み、義足を改良し、

オーディションに挑み続けていたとのこと。

それだけ、ダンスに対する気持ちが強かったのですね。

事故後、3回もオーディションに挑んだことから、

想いの強さが伝わってきます。

しかし、残念なことに報われませんでした。

大前光市さんは、こう言っています。

「すごく執着してました。

ここに入れなかったら、自分がずっとやってきたことが

全部否定されるぞって。

でもオーディションに落ちた時、言われたんです。

君はプロにはなれない。ここには入れないって。

目の前が真っ暗になった。

僕はその4年間、健常者のダンサーの動きを目指して

必死に練習してたから。

でも実際は、全然ついていけなかったり、途中で足が痛んだり、

限界を感じていたのも確かでした。

それで諦めるんです。

諦めるんだけど、負けず嫌いなので。

なんとかべつの方法で、ダンサーとして見返すことはできないかって

考えるようになった。

そうなるまでには、悩みまくったし、時間、かかりましたけどね」

大きな苦しみを乗り越えて、踊り続けてきたのですね。

そして、自身をダンサーとして確立する方法を模索する中、

きっかけとなったことがあったそう。

あまりにも足が痛かった為、義足を外して踊ってみたら

仲間が、「その動きのほうがいいね」と言ったそうです。

それに驚き、目から鱗が落ちたとのこと。

健常者のように踊ることばかり考えていたので、

義足を外して踊ることがいい評価につながるとは

思っていなかったそうです。

そこから、マインドチェンジが始まっていったようです。

これまでマイナスだと思っていたことを

個性として活かそう、と考えられるようになったことは

とても大きいですよね。

大前光市さんの想いは?

大前光市さんは、ご自分の経験のから、

こんなことをおっしゃっています。

自分には、自分にしか登れない山があります。

だから人とは比べないこと。

ほかの人はほかの山を登っているだけです。

苦労されてきたからこそ、深い言葉ですね。

また、こんなことも。

僕もこれまで経験してきたのですが、

人と同じことができない人はいる。

そういう人たちは劣等感を持っていることが多いんです。

「これができないから下手なんだ」と。

そんな人にこそ自信を持ってもらいたい。

もし体型が原因でうまく動けないのなら、

その体型が魅力的に見えるような動きや衣装、音楽、演出次第で

素敵な見え方になる。

片足が義足であることを、苦しみながらも個性として

受け入れてきたからこそ、

言葉の中から、想いを強く感じます。

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まとめ

以上、

大前光市さんのプロフィール

事故からの復活のきっかけ

大前光市さんの想い

についてでした。

大前光市さんからは、

困難を乗り越えてきた強さと輝きが感じられます。

だからこそ、リオパラリンピックの閉会式という大きな舞台も

堂々とこなされたのだと思います。

信じて続けることの大切さを教えられました。

これからも活躍を期待しています!

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