上原淳(ドクター)の経歴や救急専門医になりクリニックを立ち上げた理由は?【逆転人生】

こんにちは、Hiroです。

2020年8月31日㈪15時08分からNHKにて

「逆転人生」が放送されます。

今回は、

個人で救急専門クリニックを開業したというドクター、

上原淳さんが出演されます。

現在、高齢者の増加もあるため、

救急車の利用者数が右肩上がりになっていますね。

救急医療の需要が多くなっています!

そして、

救急車を呼んでも、受け入れ先が見つからない、

という悲劇も多く起こっています。

上原淳さんは、そのニーズに応えるため、

個人で救急専門クリニックを開業。

他の病院が閉まってしまう

休日や夜間をカバーしているそうです!

そして、救急搬送を年間1200件も受け入れておられます。

また、なかなか搬送先が決まらない患者を減らしたいと、

なるべくどんな症状でも診療されているそうです。

素晴らしいですね!

そんな上原淳さん、

どうして救急専門医になったのでしょうか?

その理由や経歴

そしてクリニックについても調べてみました。

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上原淳さん経歴は?

出典:http://www.izakura.jp/

名前:上原淳(うえはら じゅん)

1963年9月4日、東京都中央区生まれ。

千葉県市川市育ちだそうです。

高校は、開成高校。

当時の同級生たちが、

中学1,2年ですでに自分の夢について語っていたことに焦りを感じ、

自分の将来について考えるようになったそうです。

そして、こんなに勉強しているのだから、

将来、他人の人生に影響を与える仕事をしたい

と思われ、

医師を目指そうと決めたそうです。

ご実家は、小さな本屋さんで、

店番をしながら、様々な本や漫画を読んでおられたそうです。

そんな中で、大病院より、

患者さんと身近に接する

町医者のような存在に憧れていたようです。

1983年、福岡産業医科大学入学。

外科系に関わりたいと、麻酔科を選んだそうです。

1989年、医師国家試験にパスし、

麻酔科医として、産業医科大学病院、

門司労災病院(現・九州労災病院門司メディカルセンター)、

九州厚生年金病院(現・九州病院)、

福岡市立こども病院・感染症センターなどで勤務。

1998年から、九州厚生年金病院にて救急担当医として勤務

2001年から、埼玉医科大学総合医療センター

高度救命救急センター勤務。

3年目で医局長に昇進される。

2009年同センター講師。

2010年7月、国内初、救急科に特化した、

「川越救急クリニック」を開業されました。

2015年 NPO法人日本救急クリニック協会を設立し

理事長を務めておられます。

それでは、麻酔科のドクターとなった上原さんが、

救急医療に関心を持たれたのは

どのようないきさつがあったのでしょうか?

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上原淳さんが救急医療に関心を持った理由は?

出典:https://career-lab.m3.com/

上原淳さんは、

本当は心臓外科をやりたいと思っていたそうですが、

麻酔科医の仕事が

だんだん面白いと思うようになってきて、

指導医の資格まで取ったそうです。

しかし、麻酔は指導医がかけても、研修医がかけても

手術が無事に終われば患者さんの予後は特に変わらない。

せっかく勉強したのだから、

その知識をもっと患者さんのために使いたいと思われたそうです。

そこで、集中治療や救急に興味を持たれました。

そして、産業医として働きつつ、

救急の当直アルバイトをしたそうです。

そして、救急医療の現場では、

患者さんに感謝されることが多く、

その面白さにのめりこんでいったそうです!

しかし、九州厚生年金病院の救急担当医として働いていた時に、

そこは一次二次救急の病院で、

比較的軽傷者の受け入れを行っていたそうですが、

時々三次救急病院に運ばれるべきではと思う重傷者が

運び込まれることがあったそう。

しかし、救急を専門でやってきた人が一人もいないので、

誰も対応できず、

助けられなかったということが年に1、2回あったそうです。

その為、三次救急で、救急医療を学ぼうと、

38歳で埼玉医大総合医療センターの

高度救急救命センターに移られました。

川越救急クリニックを立ち上げた理由は?

出典:https://www.city.kawagoe.saitama.jp/

上原淳さんが川越救急クリニックを立ち上げた理由は

何だったのでしょうか?

その理由は、3年目で医局長に昇進して、

救急医療が抱える

様々な疑問を感じるようになったからだそうです。

実は、救急車で運ばれてくる患者さんの大半は、

軽症者なのだそうです。

そして、救急医療では、

重症度に応じて3段階に分けているそう。

1次救急は比較的軽傷者で、歩いて帰れる程度。

2次救急は入院治療が必要な患者。

3次救急は重篤な患者で

医療設備の整った大学病院クラスが受け持つ。

しかし、1次2次を担うべき病院が、

救急車の受け入れを断ることが多いそう。

その為3次救急を担うべき大学病院などに

軽症者が集まってしまうそうです。

そこで、たらい回しが起きてしまうといいます。

救急患者の8割が1次救急の患者で、2割が2次、

3次はわずか1%だとのこと。

すなわち、1次2次救急の患者を

どうするか、という問題になります。

だからこそ、上原淳さんは、

誰もやらないなら、

自分がやるしかない、と思ったそうです。

そして、1次2次救急を担うため、

川越救急クリニックを開業したそうです。

そして、現在でも、

大変なことも多いようですが、

1人でも多くの人を救うため、

力を尽くしておられます。

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まとめ

以上、

上原淳さん経歴

上原淳さんが救急医療に関心を持った理由

川越救急クリニックを立ち上げた理由

についてでした。

上原淳さんは、

若いころから、ドクターになりたいと考え、

いろいろな病院で経験を積みながら、

救急医療にたどり着きました。

そして、救急車で運ばれる軽症者の担い手になるため、

ご自分でクリニックを立ち上げました。

開業当初から多くの苦労をされ、

また、経営も大変であるとのこと。

それでも、上原医師は

地域に根差した救急医療に従事することを、

「楽しい」と思っておられるそうです。

国と地域を思う心が素晴らしいです!

今後のご活躍も期待しています。

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