吉岡秀人医師(ジャパンハート)の活動のきっかけは?自分のために救う?【カンブリア】

こんにちは、Hiroです。

2020年4月9日(木)テレビ東京22時から

「カンブリア宮殿」が放送されますが、

そこに岡秀人さんが出演されますね。

吉岡秀人さんはNPO法人「ジャパンハート」

最高顧問をされており、

貧しい国々の人々に医療を届け続けています。

ドクターという立場なら、

日本で働いていれば、収入も多く得られるし、

贅沢な暮らしをすることもできますよね。

それをあえて、貧しい国へ行き、医療を提供している、

そんな吉岡秀人さんの活動のきっかけは何であったのでしょうか?

また、「自分のために」救っていると、吉岡さんは言っています。

それはどういうことなのか調べてみました。

吉岡秀人さんプロフィール

名前:吉岡秀人(よしおかひでと) 【*吉の字は実際は「つちよし」です。

生年月日:1965年8月12日(54歳)

出身:大阪府吹田市

大阪府立千里高等学校、大分医科大学(現大分大学医学部)卒業。

卒業後、大阪・神奈川の救急病院などで勤務。

1995年秋 ミャンマーに渡り、医療支援を開始。

1997年 帰国後、国立岡山病院にて小児科医師として勤務。

2001年 小児科講師として川崎医科大学に勤務。

2003年3月 再びミャンマーに渡り、医療活動を再開。

2004年 「ジャパンハート」を設立、

短期間で海外の医療支援活動に参加できるスキームを確立し、

協力者を増やしていく。

2008年から日本を含めたASEAN圏内で

大規模災害が発生した際の医療支援活動にも着手。

また、日本国内でもへき地や離島の医療者派遣、

心の医療も開始。

その後、海外での活動もミャンマー、カンボジア、ラオスへと拡大

2017年6月、NPO法人ジャパンハート最高顧問に就任。

現在も年間3分の2を海外の医療活動に充てる。

現在も、貧しい国の人たちを救うために活動しておられる

吉岡秀人さんですが、

日本にいても、人を救うことができる立場でありますよね。

どうして、発展途上国での活動を始めようと

思われたのでしょうか?

吉岡秀人医師の貧しい国での活動を始めたきっかけは?

幼少期は病弱で寝込むことも多かったという

吉岡秀人医師。

15歳の時に、戦争や飢餓で苦しむアジアやアフリカの子供の映像を

テレビで観て、そこで死んでいく多くの人と、

日本という安住の地で生活している自分との間に

不公平さや運命の理不尽さを感じたそう。

高校では勉強をほとんどせず、なんとなく国立大学の教育学部を受けるも、

不合格。

その後、自分の人生を俯瞰したときに、

「これから長い人生どう生きていくのか?」

という問題意識に目覚め、

医師になり、医療にアクセスできない人に医療を

する決意につながったそうです。

そこで、2浪の末、大分医科大学に入学。

素晴らしいですね!

若いころはそういう感性があっても、

大人になるとだんだん現実的になって、

そんなことを考えなくなってしまいがちですが、

吉岡秀人医師は、

その感性をずっと持ち続けておられ、

今まで活動をされてきたのですね。

吉岡秀人医師が「自分のために救う」とは?

今でこそ「ジャパンハート」は、テレビ番組や新聞などで

活動が報じられ、

文部科学大臣賞や外務大臣表彰など、

多くの受賞をしており、

さまざまな団体が、その趣旨に賛同し、支援するなど

活動の輪は広がってきています。

しかし、吉岡医師が個人で活動していた1990年代は、

なかなか周りの理解が得られていなかった。

「無償でアジアに行くなんて、せっかくのキャリアを

棒にふるようなものだ」、という見方が強かった。

しかし、吉岡医師は、こう語っている。

「僕が常々考えてきたのは、僕自身が質の高い人生を生きること。

やってきたことの積み重ねが人生そのものなのですから、

無駄なことに時間を費やして

自分の人生を擦り減らせたくなかったんです。

周囲に認められるかどうかではありません。

僕は医療の届かない地域や人に医療を届けることこそが

私の人生だと信じ、やると決めたからやり続けた。

そうすることが自分なりの最高の人生だと思ったんです」

自分を犠牲にしていると、いつかは挫折する。

「人のため」ではなく、「自分のため」である自覚こそが

「継続する力」を生み出す、

と吉岡医師は言っています。

このような心があったからこそ、

困難が多い中、ご自分の道を切り開いてこられたのだと思います。

あきらめるのが得意な自分自身を

反省させられます。

まとめ

以上、

吉岡秀人医師プロフィール

貧しい国で活動を始めたきっかけ

吉岡秀人医師の「自分のために救う」とは?

でした。

吉岡医師の強い想いが、

ここまで大きな団体を作り、

賛同する人々を引き寄せたのは、

すごいことだと思います。

今後も、活動の輪が広がっていくことを

願っています!!

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